
『ふかわ。』が「震度7を3度経験した熊本県民が、今伝えたいこと」では、熊本県出身の同氏が、令和8年に再び起きた地震への胸の内を明かしている。
東京にいた本人のもとへ、母から届いたのは「強い地震。じいちゃん無事確認」という一言だった。
数秒後には熊本で震度7、宇土で震度6強という一報も入った。電話で家族の無事を確認できたのは、それからのことだったという。
実はふかわ自身、2016年の熊本地震でも被災している。4月14日、益城町で震度7を記録した際はアルバイト中だった。
人生で初めて経験する揺れに、何が起きたか分からなかったという。多くの人が最大の揺れだと思っていた。
日付が変わった16日未明、それを上回る本震が襲う。「一度終わったと思った後に、もっと大きな地震が来る」。この記憶は今も消えないと語る。
その後は車中泊を経て、中学校の体育館で避難生活を送った。地震の被害は建物の損壊だけではない。地元の酒屋は全ての商品を失い、店主はその1年後に亡くなったという。
だからこそ今回、東京で速報を目にした瞬間に願ったのは「次にもっと大きな地震が来ないでくれ」。ただそれだけだったという。
2016年の被災後、ふかわは支援物資を仕分けるアルバイトを経験した。
届いた段ボールには、使いかけの日用品や千羽鶴もあったという。善意は理解しつつも、必要なものを届けることの大切さを痛感したそうだ。
第二の故郷と呼ぶ八代の橋が崩れた映像を見ても、現地へは向かわなかった。「今現地が必要としている支援」を考え抜いた末の選択だったという。
復旧には時間がかかる。それでも前を向く熊本の姿を、静かに見守りたい。
コメントする