四千頭身

「お笑い第7世代」

一時のブームに比べたら、この単語をテレビで聞くことも少なくなったように感じる。しかし勘違いしないで欲しいのは、聞かなくなった=飽きられた、というわけではない。第7世代の看板を背負っていた芸人が認知され、日常に溶け込み、看板無くとも様々な場面で活躍している。

当時同等に並べられていた若手芸人たちだが、ある程度時間が経つと当然その活躍に差が現れる。

ポップで華がある霜降り明星や、EXITのようにテレビに引っ張りだこになる者もいれば、言い方は悪いが”くすぶってしまう”者もいる。

僕の中で四千頭身は完全に”くすぶっている”側と位置付けていた。

だがそれは間違いだったと実感した番組があった。9月9日に放送された「ニンゲン観察バラエティ モニタリング」(TBS)だ。

番組内の人気企画「もしも 歌番組の撮影で落とし穴に落ちたら…?」をモニタリングするTHE FIRST TAKEをパロディしたTHE FIRST FAKE。その企画に登場した四千頭身。

ほかの芸人やタレント同様、真面目に歌を歌っている最中に落とし穴に落とされるというものなのだが、ここでの後藤の姿に、今までとは違う何かを感じた。

今回は四千頭身の後藤を通して、元芸人目線で『芸人が進化していく様』を分析していこう。

楽曲は瑛人の『香水』。歌うのは仕掛け人の後藤と、今回ドッキリにかけられるという都築。そして都築と同じく、何も知らされていない応援役の石橋。何故この2人がターゲットなのかというと、都築はお金を稼ぐようになった途端、莫大な金額をファッションに注ぎ込んでおり、一方石橋は、打ち合わせで発言ゼロだから、というわけだ。

コーナーがスタートし、「どのくらい洋服にお金を使ってるんですか?」というスタッフからの質問に対して都築は「ウン十万円」という濁し方をする。芸人ならばほかに答え方があったのでは無いかと思うが、本人は歌番組だと思っている為か、明言を避けてしまう。そして2人が歌い始める。ドッキリとは関係ないが、まあ後藤が音痴で面白い。時折ハモりにも聞こえてくるのがさらに面白く、音痴というか……独特なのだ。

だが、落とされるのは都築だ。一番盛り上がる瞬間、都築は落とし穴に落ちる。この時のリアクションは正直、芸人としての及第点に届くか届かないかくらいのレベル。

そしてその直後、応援席で事態を把握していない石橋も落とし穴に落とされる。突然床が開いて落下したんだから、オーバーなリアクションを期待したがこちらも「面白い!」とは言えないものに。やはり活躍中の、ほかの第7世代との実力の差を感じずにはいられなかった。

しかしここからが見ものだった。

落とされて怒り心頭の都築に後藤が「なんでウン十万円みたいな言い方をして、明確な数字を言わないの? バシっと言いなよ」と独特な言い回しをする。たぶんこの段階で後藤は、都築がどのくらい洋服にお金を使っているかを把握しており、突っ込む際のフレーズも用意しているのは間違いない。つまり確実に笑いになる算段をしているというわけだ。

案の定、都築は「40万円」と答え、待ってましたとばかりに「引いちゃうわ。それはウン十万円って言おう」とツッコミ、笑いが起こるツッコミワードをぶつける。

続いて落とされた理由がわからない石橋に対し「あなたこないだのリモート打ち合わせで何か喋りましたか?」と質問する。石橋は「喋れませんでした」と。「喋れないなんてあっちゃダメなの、打ち合わせで」とツッコミを入れ、パンチのないリアクションの分も十分笑いを取り戻した。

本来ならここで終了だが、「後藤さんのサビがずれてる気がするんで、もう一度歌ってくれませんか?」というスタッフからのフリが入る。

感が鈍い芸人なら「え?それって俺も落とす気じゃ……」と変な疑いを入れてしまいそうだが、後藤は「え? ずれてました?」と歌のほうへ自分の気持ちが行っているように演じる。

落とし穴ですっかり忘れていたが、強烈で独特な後藤の歌を思い出し、もう一度アレが聞けるかと思うと、見てる自分も気分が高揚する。後藤は落ちるとわかっている状態でサビを歌い始め、予定通り落とし穴へ。「モニタリングです」というスタッフのボケに対して「わかってます! 僕だけは」と流行りの倒置法ツッコミを入れ「一番落ちるべき人は僕だったのかもしれないですね」というコメントで締める。

最初から最後までThe後藤ワールドだった。

出始めた頃から3人の中で後藤が注目されてはいたが、これほど2人との差が開いたのかと思った瞬間だった。

もともとよく喋るイメージはない後藤だが、第7世代とちやほやされたピークと比べるとさらに口数が少なくなっている。ただ、これはマイナスではなく成長した証だ。

彼の場合は口数が少ない=余計なことを言わない、だ。

番組が何を望んで、どんな言葉が欲しいか理解していれば、それ以外の言葉は邪魔でしかない。つまり口数が減ると撮影は円滑に進み、編集も楽になる。大物になればなるほど、必要な言葉だけを言う。僕が若手時代に感じだことだった。

話は逸れるが、ロケ番組を見ていて、芸人が喋っている最中に、場面転換をする時がある。それは芸人が必要のない言葉を喋っているという事だ。これが僕流のロケ番組の違った楽しみ方。ぜひ皆様もやってみてください。

では話を戻そう。

昔、売れる芸人はどのような過程を踏むのか分析したことがある。

まず売れ始めると楽屋での口数が減る。これはテレビに限ったことではなく、ライブや舞台の楽屋も同様だ。理由はシンプル。常に何か頭の中で考えているからだ。

要求されていることは何なのか、MCだったらほかの芸人は誰がいて、全員を面白くするにはどうしたらいいか、どのボケを軸にしたらいいのか? などを常に考えている。もちろん芸人同士でバカな話はするが、若手芸人の頃のように楽屋入りから出番まで話している何て事はない。楽屋の隅や、人気のないところで独り考える時間を作る。これが売れ始めた証拠と言ってもいい。

口数が少なくなった次は、少し調子に乗り始める。分かりやすいのは変装だ。もちろん一流のタレントのようにどこでも変装するという事ではない。今まではライブ会場に行き、気づいてもらう事に喜びを感じていたはずなのだが、ある程度人気が出始めると、気づかれることに煩わしさを感じてしまう。

もちろん応援してくれるのは嬉しいが、周囲の目が気になってしまうのだ。なので気づかれないように帽子を目深にかぶったり、サングラスやマスクをしたりする。

口数が減り、変装すると段々と調子に乗ってくる。

例えば身につけるものにお金をかけるようになったり、例えば大衆居酒屋を避けて個室の店を予約するようになったり、局に入るときは顔パスじゃないと不機嫌になったり、朝はマネージャーに起こしてもらったり……。

とにかく何かしら調子に乗る。調子に乗ると不思議とウチに秘めていた自信が溢れてくる。その自信はやがてオーラに変わる。よって”調子に乗る”という過程は必要であり重要なのだ。逆に売れているのに全く調子に乗っていない人に僕は会ったことがない。

ここからが最も大事なことで最終段階と言っても過言ではない。何をするのかというと、調子に乗って伸び切った鼻っ柱を先輩やスタッフ、後輩などに思いっきり叩き折ってもらうのだ。

先輩やマネージャーからの説教やスタッフさんからの指摘、後輩の追い上げなどなんでもいい。とにかく芸人を辞めず、仕事が減らない程度の挫折を味あわせるのだ。

今までは不機嫌に「おざっす」と投げやりに挨拶をしていた芸人が「おはようございます」のようなきちんと挨拶をする芸人に変化する。

これでやっと『自分に要求されていることや笑いの引き出しはそのままで、オーラをまとった腰の低い芸人』の出来上がりだ。

一般の方で、学園祭やイベントでオーラは感じるけど、ものすごく腰が低かったという芸人に会った事があるなら、上記の経験をした芸人だと思って間違いない。

これは一般の会社でも言えることだ。自分の部下が調子に乗って困っている上司もいるだろう。だが部下が仕事を覚え、ある程度ひとりで出来るよう成長し、自信がついた証だと考えれば多少可愛く思えるだろう。

子供が初めて逆上がりを覚え、親に何度も見せつける。そんな感じだ。

子供も、上り調子は永遠に続くものではない。誰しもが失敗し挫折し、自分が井の中の蛙だったと気づく瞬間がある。そんなときにフォローしたり励ましたり、手を差し伸べる誰かがいれば、自信に満ち溢れた、仕事の出来る腰の低い素晴らしい部下が出来上がる。

出来れば皆さんにはそんな誰かになってほしい。

不可能ではない。

だって2020年のIPPONグランプリ(フジテレビ)で苦戦し、なかなか”IPPON”が取れなかった後藤が、今は一人で笑いを何本もとれるほど成長していたのだから。

おすすめの記事