『キングオブコントの会2022』(TBS/4月9日放送予定)で、ダウンタウン松本が新作コントを書き下ろすという。昨年、同番組で披露された民放で20年ぶりというコントを「つまらなかったらどうしよう?」と薄目でおそるおそる見たところ、笑いの強さと太さに終盤には瞳孔が限界まで開いていた。
なので今年は安心して放送を待てばいいのだが、その手前に気がかりな案件が残されている。4月2日・3日に行われる吉本興業創業110周年特別公演「伝説の一日」だ。
売れているよしもと芸人がNGKに一極集中するこの興行。「口上:桂文枝」「ネタ:オール阪神・巨人」など、芸人の役割が早々と発表されている中で、3日3回目の回の出演者一覧に、「ダウンタウン」の一組だけが何をするのか明かされないまま、ずっと不気味に浮かんでいるのだった。
……まさかダウンタウンは漫才をするのだろうか?
「お笑いの世界に入ったら、漫才ブームのバスはもう出発していて、ボクら乗り遅れまして……。よく見たら乗り損ねたバス、谷底に落ちてたんですけど」
80年代前半に起こった漫才ブームを、かつて松本人志はこのようによく振り返っていた。
そしてその後出発した「ダウンタウンの漫才」のバスに乗れず、遠ざかる車体を眺めていたのが、私(1974年、神奈川県生まれ)の世代である。中学生の頃、昭和の登龍門的ネタ番組『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)を見始めた時にダウンタウンの姿はすでになく、高校生になって深夜に放送している『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ系)が面白いと聞きつけてテレビをつけると、東京への顔見せとして持ちネタを一巡させる時期は終わっていた。
不思議なことに、ダウンタウンの新ネタを強く渇望することもなかった。なんせ『ガキ使』のフリートークが毎週キレあがっていて、同じ日曜日には『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)の新作コントが見られて、それだけで十分満足していたのだ。『初詣!爆笑ヒットパレード』(同)で漫才していた記憶もあるのだが、ただ正月という理由で出番が与えられた2人は士気が上がらない様子で、われわれ世代にとってダウンタウンの漫才はセルビデオの『ダウンタウンの流』(後に『ガキの使いやあらへんで!!~幻の傑作漫才全集』も加わる)の中にあった。十八番のクイズネタはなかなか正解にたどりつかなくても、大阪時代に舞台で揉みあげたネタは「漫才の正解」のように思えた。
それから幾星霜。めったに劇場に姿を見せないダウンタウンがNGKの舞台に上がるということは、本人たちが「育ての親」と公言する大崎会長からの要請があることは想像に難くない。彼らが漫才をする可能性は十分あり、その姿を想像するだけで私は勝手に緊張してしまう。
もしもそうなるならば、披露される漫才は、いくつかのパターンが考えられる。
まず、フリートークなのか、事前に内容が固められたネタなのか。そしてネタであれば、古いネタなのか、新ネタなのか。フリートークはどうしたってウケるだろうし、古のネタを軽くさらっても「待ってました!」「まさかこの目で『誘拐』が見られるとは!」という歓待ムードになるのも確実だ。
問題は、可能性は極めて低いけれどそれでも一縷の望みをつい託してしまう「新ネタ」の場合である。
松本人志は「劇場で駄作をいっぱいかけて、いい漫才1本が完成する」と語っていた。ということは無敵のダウンタウンも新ネタをかけたら、スベる可能性がなくはないのだ。しかし、その光景は案外悪くないように思える。ふわふわした出来&そこそこの反応に2人が苦笑し、後々バラエティ番組で、たむらけんじや陣内智則に「NGKで軽くスベってたじゃないですか!」といじられていく。そろそろ60代に突入する2人である。久々の漫才に、しくじりや衰えも面白味として加点される「師匠」の風格が混ざるのも愛嬌でしかないだろう。
私が想像して緊張するのは、新ネタがスベるのではなく、爆発的にウケる光景だ。ダウンタウンが漫才から離れていた約30年――M-1の誕生と隆盛、笑い飯の流転、島田紳助の退場、爆笑問題の継続、おぼんこぼんの反目、おぼんこぼんの復縁などなど、多種多様な漫才クロニクルが存在した。もし新ネタが面白すぎて「結局、漫才もダウンタウンにつきるな!」という結論になったら、30年の経過や蓄積が無に帰してしまうのではないか。「ダウンタウンの漫才」バスを見送り、別のバスに乗って遠くの地にたどりついた気になっていたのに、実はダウンタウンを追って何十年も同じ土地をぐるぐる回っていただけ。お笑いシーンに進化論はなく、これからも永遠に変わらない一神教の世界を生きていく、という事実を突きつけられたらさすがに寂しいのである。
とはいえ、2人がセンターマイクを挟む光景を見たら、フリートークだろうが古いネタだろうが新しいネタだろうがどうでもよくなって、ただただ笑って充足して終わるのかもしれない。ダウンタウン生まれ、ダウンタウン育ち、死に場所もダウンタウン。遠距離バスに乗ることなく一カ所の地元で生涯を終えるヤンキーも、それはそれで幸せな生き方に見える。
と、あることないことを思い描いて心を揺らしているが、蓋を開けてみたら当日は演芸をしないで、吉本興業特別顧問の就任発表なんかして終わるのかもしれない。中田カウス以来の出世にまた緊張する。
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