BTSが2021年5月21日に発表した2作目の英語曲「Butter」が米ビルボード総合シングルチャート(Hot 100)で1位を獲得、TWICEも同年6月11日に発表したアルバム『Taste of Love』が米ビルボード総合アルバムチャート(Billboard 200)で6位を獲得するなど、K-POPの勢いは2021年も止まるどころか、ますます勢いづいている。
パフォーマンスや楽曲の質、サウンド面におけるトレンドの取り入れ方、プロモーションにおけるインターネットの活用の仕方など、日本のアイドルと韓国のアイドルでは違いがたくさんあるが、そのなかのひとつに「社会との向き合い方」がある。
K-POPのアイドルたちは、ジャニーズ事務所のタレントやAKB48・乃木坂46といったグループのアイドルと違い、社会問題について積極的に語る。
その最たる例がBTSだ。2018年にはリーダーのRMが国連総会で若者のメンタルヘルスをテーマにしたスピーチを行い話題になった。2020年には黒人差別反対の動きに賛同し、BLM(Black Lives Matter)運動に約1億円を寄付している。
2021年3月には、アメリカやヨーロッパにおけるアジア系市民へのヘイトクライムに抗議する声明をSNS上で発信。<私たちは理由なき罵り言葉に耐え、見た目を嘲笑されました。アジア人なのになぜ英語を話すのかと聞かれたことさえあります。そのような理由で憎悪や暴行の的になることの痛みは、筆舌に尽くし難いものです>と、自身が海外での活動で受けた差別を告白しながら差別や暴力に抗議するメッセージを明確に発信していた。
#StopAsianHate#StopAAPIHate pic.twitter.com/mOmttkOpOt
— 방탄소년단 (@BTS_twt) March 30, 2021
こうした違いはなぜ生まれたのか。音楽ライターとして20年以上K-POPシーンを追い続け、2021年5月には『K-POPはいつも壁をのりこえてきたし、名曲がわたしたちに力をくれた』(イースト・プレス)を出版したまつもとたくお氏に話を聞いた。
まつもとたくお
音楽ライター。ニックネームはK-POP番長。『ミュージック・マガジン』や『ジャズ批評』など専門誌を中心に寄稿。ムック『GIRLS K-POP』(シンコー・ミュージック)を監修。K-POP関連の著書・共著もいくつか。LOVE FM『Kore“an”Night』にレギュラーで出演中。
twitter:@KPOP_BANCHO
──日本と韓国のアイドルを比較すると、「社会」に対する目線やコミットの仕方がずいぶん違うなと感じます。
アイドルが社会問題などに関して歌ったり発言したりするという点で、K-POPのアイドルは日本のアイドルとは明らかに違いますよね。国連でスピーチをしたり、アメリカでの人種差別問題に毅然としたメッセージを送ったBTSの活動を見れば明らかです。
ただ、そういった流れはここ最近始まったわけではなく、韓国の音楽業界でアイドルグループが人気を得始めた当初からそうだったんです。
たとえば、1997年にデビューした男性グループ・SECHSKIES(ジェクスキス)のデビュー作「学園別曲」は、過剰な詰め込み教育で尊厳を奪われた高校生の反抗を歌ったものです。激しい受験戦争が繰り広げられる韓国社会を投影した楽曲といえるでしょう。
SECHSKIESと人気を二分した1996年デビューの男性グループH.O.T.は活動を続けていく過程でだんだんと自作の曲を発表するようになり、メッセージ性を強くしていきました。
彼らはいじめ・校内暴力をテーマにした「戦士の末裔」という曲をリリースしていますが、この楽曲はBTSもカヴァーしたことがあります。そういう意味でBTSはK-POPの歴史を継承していると言えます。
──AKB48「軽蔑していた愛情」など、受験戦争やいじめをテーマにした日本のアイドル楽曲もないわけではないですが、デビュー作やシングル曲ではなかなか選ばれないテーマではありますよね。
ただ一方、そこに確固とした政治的スタンスがあるかといえば、そうでもないという点もK-POPを理解するうえで重要かなと思います。
SECHSKIES、H.O.T.の時代からBTSにいたるまで、K-POPのアイドルは社会的なメッセージを発信し続けてきましたが、その根本にあるのは、政治的になにかを主張したい・実現させたいというものではなく、むしろ「大衆のニーズや時代の空気を敏感に察知して、作品に落とし込むことでリスナーを喜ばせたい」という姿勢です。
分かりやすい例のひとつが、ガールクラッシュ(BLACKPINKやITZYなど、同性が憧れるような力強いスタイルを打ち出す女性アイドルの一群)の代表格として知られるMAMAMOOですね。
2014年にデビューした彼女たちは、圧倒的な歌唱力を評価されつつもなかなか大衆的な人気は得られずにいました。
そんななか彼女たちは、異性に媚びるような素振りを見せずあくまで実力で勝負するMAMAMOOのスタイルに共感する同性ファンがついていることに気付くんです。
そこからは戦略的にグループのコンセプトを組み立てるようになっていき、歌詞やインタビューでの発言でも、自分たちの魅力に自覚的な様子が見受けられるようになっていきます。
たとえば2015年に発表した「Girl Crush」では、<私はしない 恋のかけひき/自分の感情に正直なの><他の人の視線は意識しない/Cause I love myself>と、かなりストレートに自分たちのグループのコンセプトを歌っています。こうした活動が実を結び、彼女らの人気は爆発しました。
●BTSのすごさ
──リスナーがどんなことを思っているかをよく見ているわけですね。
数あるK-POPグループの中でも、そういった「ニーズや空気を読む力」に最も長けているのがBTSだと思います。その象徴がK-POP史上始めて米ビルボード総合シングルチャート(Hot 100)で1位に輝いた「Dynamite」(2020年8月リリース)だと思うのです。
先ほど少し触れた通り、BTSは国連総会で若者のメンタルヘルスについてスピーチしたことがありますし、昨年から今年にかけて、人種差別の問題に対して発言を続けています。
そうした社会問題に自覚的な姿勢は作品でも貫かれており、2017年から2018年にかけてリリースしたアルバム『LOVE YOURSELF』3部作では、「自分を愛することから他人への愛も始まる」といったメッセージを打ち出しました。
そういった活動と比べると「Dynamite」はディスコ調の明るいパーティーソングで、硬質なテーマや主張したいメッセージはあまりないようにも思えますが、とんでもありません。
「Dynamite」には、コロナ禍で世界中が大変な時に自分たちの音楽で少しでも元気になってほしいという思いが込められており、メンバーもインタビューでそのように発言しています。
BTSはアメリカ進出後も韓国語で歌い続け、メンバーが楽曲製作に参加することにこだわってきたグループですが、「Dynamite」は英語詞であるのに加え、作詞作曲も海外の作家です。これは、「世界中を勇気づけたい」というメッセージを最も的確に発信するにはどうしたら、徹底的に考えたからでしょう。
皆に聴いてもらうためには最も多くの人が理解できる言語である英語が一番だし、音楽も自分たちが書いてK-POP的な味付けを加えるよりも海外の作家にすべて任せて底抜けに明るいディスコミュージックに仕立てた方がいい──こうした考えがあったのだと思います。
以上述べたような勘の良さと、パンデミックが起きて半年ちょっとで楽曲を仕上げる仕事の早さは、K-POPが培ってきた「ニーズや空気を読む力」あればこそだと思いますね。
Getty Imagesより
「ニーズや空気を読む力」という言い方をしてしまうと、なんだかビジネスライクというか、冷たい感じがしてしまいますけれど、そういった姿勢がダメかっていうと、そんなことはないと思うんです。
そもそもエンターテインメントというものは、大衆のニーズや時代の空気を先読みし、「いま必要なのはこういうメッセージ」というのを嗅ぎ取れなければ支持されませんから。
それに面白いもので、テーマに対する愛であるとか、深い理解がなければ売れません。だからつくり手たちは作品に落とし込むのにあたり、社会でなにが起きているかを徹底的に勉強していると思うんです。
──いまおっしゃっていただいた要素は音楽に限らず、すべてのエンターテインメントの基本であるようにも思えますが、なぜ日本の音楽業界ではそれができないのでしょうか。
K-POPがこれだけ早いスピードで新しいことにどんどんチャレンジできるのは、日本に比べてポピュラー音楽業界の歴史も浅く、ルールや伝統に縛られていないから、というのはあると思いますね。
日本の場合、「こんなことを言ったら批判される」といった、悪い意味での空気の読み合いが発生しがちです。それでは新しいものも生まれて来ないし、スピードも遅いというのがあるんだと思います。
一方韓国の場合は業界自体も若いですし、「これがいまウケてるんだから」「これからの時代はこうだから」と素早く決断し、それが成功しようと失敗しようと、構わずどんどん挑戦していけるのではないでしょうか。
ただ一方で、日本には日本の良さがあるとも思っています。
K-POPはトレンドの移り変わりが非常に速いわけですが、その結果として、業界に長く残り、作品を発表し続ける作家はそれほど多くないんですよ。
1990年代から活躍し続けているシンガーソングライターのユン・ジョンシンのような人はいるものの、阿久悠・筒美京平・松本隆・小室哲哉などなど、「大家」と呼べるような作家の成長と変遷を継続的に楽しむことができる土壌はあまりありません。
竹内まりや「プラスティック・ラヴ」、松原みき「真夜中のドア〜Stay With Me」といった40年近く前の楽曲が突如ブレイクし、世界中で日本のシティ・ポップがブームを起こしていますけれど、こういったことが起こせるのは当時のミュージシャンの多くがいまも活動を続けているからです。そういった意味では日本には日本の良さがあるとも思うんですよね。
(取材、構成:wezzy編集部)
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